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それから。。

未来への不安はおかしい方へ向かっていった。一年くらいで銭湯のマッサージを一旦止めてしまったのでした。どうやら私の定住期間は1年以内が限界らしい。そして、また工場の簡単作業のパートに戻り、彼の家を出ていき、家族の家に帰るのでした。そこから私の、曲がったおかしな道は、帰る場所がないのにさ迷い歩く亡者のようにさせてしまうのでした。工場勤務しながら、別のマッサージ業者を掛け持ちして、無理をして、無茶苦茶な勉強をし出しました。カイロプラティックの小さなスクールに行き、筋肉を徹底的に勉強したり、アロマ検定の勉強を始めたり、アロママッサージのスクールに行ったり、パソコンの資格を取りにいったり、簿記の知識を勉強する教室に行ったり、ヘルパーのスクールに通ったり。機械のCADのスクールに通ったり、とにかくおかしいほどに知識や技術を追いかけて、しかも、無価値の増大から身体醜形障害が悪化、目の下に入れ墨をいれたり、(これはファッションで気安くできることだけど、専門家に消してもらわないと消えない上に痛い。)目の二重幅を少し広げたり、目頭を少し切ってもらったり。(それでも微妙に変えるということに留

めたのは両親への想い、おかしくなったら嫌だという気持ちからだった)体が辞めてくれというのですが無視をしました。そして、私なんて大事にされない不細工なんだわ、ああ、中学で断言されてたじゃない。そういう思いから、少しでも男性に言い寄られるとノコノコついていく本当におかしい行動を始めていくのでした。